曹洞宗の教義

曹洞宗の教義

曹洞宗は「正伝の仏法」を伝統としています。ご本尊には南無釈迦牟尼仏」として釈迦を仰いでいます。「即心是仏(そくしんぜぶつ)」は曹洞宗の中心となる教義です。自らの心を坐禅によって調ようとする姿こそが「即心是仏」で、坐禅する姿こそが「仏」の姿。そして坐禅だけではなく、日常行為に坐禅と同じような価値を見出し禅の修業として行うことを解いているので、日常生活の行いそのものを坐禅と同じ心で勤めて実践し続けること。それこそが修行でもあります。

見仏しま専科

釈迦

釈迦は実は略語で「釈迦牟尼」(しゃかむに)の略語になっています。そして「釈迦」は部族または国の名前で、「牟尼」は修行僧・聖者の意味になっています。「釈迦牟尼」の意味は「釈迦族の聖者」という意味になります。私たちは一般的にお釈迦様と呼んでいますが、仏典では称号を加えた呼び方でいろいろ呼ばれています。

釈迦牟尼世尊、釈迦牟尼仏陀、釈迦牟尼仏、釈迦牟尼如来、多陀阿伽度などあります。

釈迦の生涯に関しては、釈迦の同時代の資料を確定することが非常に困難をきまめることと仏典が神格化されたこともあって、史実の存在そのものも疑われた時期もありました。また仏典の数もかなりの数になっているので、史実の部分と伝説の部分の区別が明確ではない部分がたくさんあります。

1868年(慶応4年)にイギリスの考古学者A・フェラーがネパール南部のバダリア(現在のルンビニー)で遺跡を発見しました。遺跡で出土した石柱には、インド古代文字で、「アショーカ王が即位後20年を経て、自らここに来て祭りを行った。ここでブッダ釈迦牟尼が誕生されたからである」と刻まれていました。この碑文の存在で、釈迦の実在が史上初めて証明されることになると同時に、この地が仏陀生誕の地であることが判明しました。

釈迦の没年に関しては、インドの古代史の年代確定が難しいことから、漢訳仏典の資料に基づいた北伝とタイやスリランカ、東南アジア・南アジアの仏教国はバーリ語聖典に基づく南伝での年代では、没年に100年以上の差が出ています。

釈迦の概略

釈迦は紀元前7世紀~紀元前5世紀頃に、シャーキャ族王・シュッドーダナ(漢訳名:浄飯王 じょうぼんのう)の男子として、現在のネパールのルンビニにあたる場所で誕生しました。王子として裕福な生活を送っていたが、29歳で出家しています。

35歳で菩提樹の下で降魔成道を遂げて、悟りを開いたとされています。まもなく梵天の勧め(梵天勧請)に応じて初転法輪(しょてんぽうりん:、釈迦が初めて仏教の教義を人びとに説いた出来事)を巡らして、釈迦は自身の悟りを人々に伝道して説いて廻りました。

南方伝ではヴァイシャーカ月の満月の日に80歳で入滅(死去)したと言われています。

釈迦が亡くなってから

釈迦が入滅(死去)してから後に、仏教はインドで大いに栄えていきえましたが、大乗仏教の教義がヒンドゥー教に取り込まれるようになるとその活力を失っていきました。ヒンドゥー教は。身分差別を否定しないので、平等を説く仏教をヒンドゥー教は弾圧の対象として、おとしめるために釈迦に対して新たな解釈を与えました。

それは、釈迦はヴィシュヌのアヴァターラ(化身)として地上に現れたというようにされました。偉大なるヴェーダ聖典を悪人から遠ざけるために、あえて偽の宗教の仏教を広めて、民衆をを混乱させるために出現したという解釈を加えることで、仏教は誹謗の対象になりました。

インドがイスラム教徒に征服されると、イスラム教からも仏教は弾圧を受けたので仏教は衰退の一途をたどっていきます。イスラム征服後のインドでは、カーストの固定化がさらに進んでいきました。。カースト制が固定するインドでジャイナ教徒は信者をヒンドゥー社会の一つのカーストと位置づけその存続を可能にしましたが、仏教はカースト制度を自体を否定したので、社会的基盤が消滅する結果となった。元々インド仏教はその存在を出家修行者の集団(僧伽:そうぎゃ)に依存しているので、ムスリムによって僧伽が破壊されたことによって宗教的基盤を失っていき消滅していきました。インドで仏教が認められるようになったのは、インドがイギリス領になった19世紀以降に入ってからです。現在はインド北東部の一部で細々ではありますが、僧伽が存続しています。

釈迦が誕生した聖地があるネパールでは、釈迦は崇拝の対象になっています。2001年の国勢調査によると、ネパールではヒンドゥー教徒が80.6%、仏教徒が10.7になっています。ネパールでも仏教は少数派でしかありません、ネパールの仏教徒は釈迦誕生の地、聖地ルンビニへの巡礼は絶やさず行っています。聖地のルンビニは1997年にユネスコの世界遺産に登録されています。ネパールでは王制時代はヒンドゥー教を国教としていましたが、2008年の共和制へ移行した後からは国教自体が廃止されたのでヒンドゥー教は国教ではなくなりました。

仏教は仏滅後100年に根本分裂と呼ばれる、上座部と大衆部に分かれます。その後、西暦100年頃には20部前後の部派に分かれる仏教が成立しました。(枝末分裂)そして、部派仏教と大乗仏教とで、釈迦に対する評価自体も変わっていました。

部派仏教では、釈迦は現世における唯一の仏とみなされていいます。最高の悟りを得た仏弟子は阿羅漢(アラカン 如来十号の一)と呼ばれて、仏である釈迦の教法によって解脱した聖者と位置づけられました。

大乗仏教では、釈迦は十方(東南西北とその中間である四隅の八方と上下)三世(過去、未来、現在)の無量の諸仏の一仏で、現在の娑婆(サハー、堪忍世界)の仏であるといった拡張解釈されました。とくに大乗仏教で強調される仏性の思想は、上座部仏教には無かったことが知られています。

仏教の八大聖地

釈迦、本名はゴータマ・ブッダの人生に関わる遺跡があり仏教における重要な聖地になっています。

  • ルンビニ … 生誕の地。
  • ブッダガヤ … 成道(悟り)の地。
  • サールナート … 初転法輪(初めての説教)の地。
  • ラージギール … 布教の地。
  • サヘート・マヘート … 教団本部の地。
  • サンカーシャ … 昇天の地。
  • ヴァイシャリ … 最後の旅の地。
  • クシーナガラ … 涅槃(死)の地。
マイブームよ、どこだ